
例外なく生まれながらの罪人。
しかし、神様は、私達、そして皆様1人1人を誰よりも最高の愛で愛してくださっています。
どんなに大きな罪があったとしても、十字架を信じて、真に神様の前に罪を悔い改めるなら、その罪は全て赦されます。
永遠のいのちが与えられます。
これが十字架の神様の愛です。

例外なく生まれながらの罪人。
しかし、神様は、私達、そして皆様1人1人を誰よりも最高の愛で愛してくださっています。
どんなに大きな罪があったとしても、十字架を信じて、真に神様の前に罪を悔い改めるなら、その罪は全て赦されます。
永遠のいのちが与えられます。
これが十字架の神様の愛です。

自分が罪人であることがわかっていく。

自分は、罪人の頭 だと、
心の底から思って言われたんです。
パウロですら、そのように思っておられた。
心の底から自分は罪人だと自覚していた。
主が十字架で成してくださった事は、どんなに偉大な恵かわからない、、、、
“「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。
しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。”
テモテへの手紙 第一 1章15~16節

聖書で罪とは、的外れの意味。でも、
この的外れは、ただ的が外れた、ではなく、もう、的自体がズレている!なのです。

的外れのことヲと、言われています。
そうなんだ……と、思われる方も多いのでは…と、思います。
これを聞いた時、私も 驚きました。

神様は私たちを包み、立てあげてくださる方。


1つ、箇所が載っていません。
後ほどアップします。
みことばは


ヨハネの手紙 第一 1章
イザヤ書42

牧師 ダニエル森牧師 です。
宜しくお願いいたします‼︎
© 2026 ■東京アンテオケ教会 ゴスペルの集い
Theme by Anders Noren — 上へ ↑