2026年3月16日 - 2026年3月18日

投稿者: 1john (6ページ目 (9ページ中))

愛と預言

愛(御霊の賜物の中でも特に)と、9つある御霊の賜物、その中でも特に預言を求めなさいと聖書は言っている。

聖書が完成したのは教えの内容が完成したという事で、聖書以外のいろいろな語り方をされるのが終わったということでは無い。

旧約聖書と新約聖書は誤りなき神の言葉。しかし、旧約と新約で違うことが書かれていたら、新約をとる。罪の赦しのために羊や牛を捧げるなら、いまは十字架の贖いを信じることが正しい。預言は間違えたら殺されると考えているなら間違い。旧約と新約で違ってる。イザヤやエレミヤは旧約の預言者。十字架と復活と聖霊降臨の後、教会が出来、賜物が注がれた。預言、癒し、それらは教会のもの。

間違える預言をする者には聖霊がいなかった。新約時代は(正しい預言者でも)預言を吟味しろと言ってる。

教会で気をつけないといけないのは、教会の原則がある。洗礼式と聖餐式。それらが無いなら教会では無く集会。

カトリックは聖餐を重要視している。教会を中心にしている。プロテスタントは信仰を重要視しているが、教会が賜物の土台。

教会が賜物を信じていないなら、教会に賜物の働き開かれていない。教会には本来賜物の働きがあるべきだが、賜物はあるのか?と思っているので、信仰が現れちゃう。

AI担当牧師

3ヶ月周期で技術が変わる。前のものは古くなる。技術を追い続けなければならない。メッセージの準備に便利な使い方が説明されています。

注意点はAIにコントロールされてしまうこと。どういう組織にしたらいいですか?と聞くとAIとAIの議論でさらに良いものが出てくる。人が入っていない。

私たちは神に聞き従う。神の言葉は変わらない。我々は変化するが、どんな瞬間も神は共にいてくださる。

漁師だったペテロ。他の者が裏切ったとしても私は従う!しかし罪を犯して砕かれる。復活の主を見ても、私は漁に行くと、以前の生活に戻って行こうとしている。が共にいてくださる。従え!でなく私を愛しますか?と言われる。主に信頼する。主は導いて下さる。

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