
区切りがある。それは、十字架と復活とペンテコステ。その前は一部の人に例外的に与えられていたが、信じる人にはあたえられていなかった。
また、その前は教会がなかった。教会が働きの鍵になる。愛は御霊の実。聖霊による実。賜物の働きも、旧約時代はごく一部の人を神が選んで現していたが、ペンテコステ以降は求めれば誰でも。だから特別じゃない。
気をつけなきゃいけないのは教会。御霊の賜物は預言、癒し奇跡は、教会がなかったので、器を通して現れたが、ペンテコステ以降は、教会を通して現れる。日本の教会の多くが、賜物が現れると信じていないから。
賜物の働きを信じ行っている教会にいる人に賜物は現れている。賜物を求めるなら、教会が正しく賜物を理解し行っているか。教会がポイントになる。旧約時代は器を選んだが、ペンテコステ以降は教会。
海外宣教も、教会が行っていれば、簡単に行ける。女性の牧師も教会が女性の牧師を通して主が働かれると信じているか。教会がポイントになる。
特に再臨が近い状況で、召しの働きをするに当たり、使命型の教会が決定的なポイントになる。
死ぬかもしれないという時、この世に生まれて来た目的を全うできたか?肝心なことが全うできていない。全うするために生かして下さいと祈った。